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男性の産後うつ:見過ごされがちな課題と支援の必要性

山川 2025/7/17
《対象》
精神科・心療内科 産婦人科
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導入問題

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1. 男性の産後うつ(PPND)に関する説明として、本文の内容に照らして最も適切なものを選んでください。

1. 男性の産後うつとは?

「産後うつ」と聞くと、多くの人が出産を経験した女性の心の不調を思い浮かべるだろう。しかし近年、国内外で注目を集めているのが、出産後のパートナーを持つ男性にも見られる「男性の産後うつ(Paternal Postnatal Depression: PPND)」である。母親の産後うつが約10~15%の有病率であるのに対し、男性の産後うつも10%前後、特にパートナーが産後うつを患っている場合にはそのリスクが50%にまで跳ね上がるとの報告もあり(Paulson & Bazemore, 2005; Quevedo et al., 2012)、決して無視できない課題となっている。

日本においても、核家族化の進展、共働き世帯の増加、男性の育児参加への意識向上といった社会変化の中で、男性が経験する産後うつの実態が徐々に明らかになりつつある。本稿では、この見過ごされがちな問題に光を当て、社会全体の認識向上と適切な支援の必要性を訴えたい。

1.1. 産後の父親に現れる抑うつ症状

男性の産後うつは、母親の産後うつと同様に、出産後に父親が経験する抑うつ状態を指す。診断基準として、アメリカ精神医学会が発行する『精神疾患の診断・統計マニュアル第5版(DSM-5)』には男性特有の産後うつのカテゴリーは存在しないが、一般的な抑うつ障害の診断基準に照らして判断されることが多い。

症状としては、気分の落ち込み、興味や喜びの喪失、疲労感、不眠、食欲不振、イライラ、集中力の低下、自責感などが挙げられる(DSM-5, American Psychiatric Association, 2013)。

発症時期は、出産直後から生後1年以内、特に生後3~6ヶ月がピークとされている(Quevedo et al., 2012)。

1.2. 日本における有病率

男性の産後うつの有病率に関する研究は、母親の産後うつに比べて歴史が浅い。国際的なメタアナリシスでは、男性の産後うつの有病率は8~10%程度と報告されており(Paulson & Bazemore, 2005; Quevedo et al., 2012)、母親の産後うつの約10~15%という数値と比べても、決して低いとは言えない。

日本における男性の産後うつに関する研究は近年増加傾向にあるが、その有病率に関する報告は研究デザインや対象地域の違いにより幅がある。例えば、ある研究では父親の約7%に産後うつ症状が見られたと報告されている(Matsumoto et al., 2012)。また、厚生労働省研究班による調査では、生後3ヶ月の父親の約13%が「中等度以上の抑うつ状態」と判定されたというデータもある(厚生労働省, 2018)。これは国際的な水準と同等か、やや高い可能性を示唆しており、日本において男性の産後うつが決して稀な現象ではないことを示している。

しかし、これらの数値はあくまでスクリーニングツール(例えばエジンバラ産後うつ病尺度:EPDS)を用いたものであり、実際に精神科医による診断基準を満たす「うつ病」と診断された症例数ではないことに留意する必要がある。多くの男性は自身の不調を認識しにくく、また「男は弱音を吐くべきではない」という社会的スティグマから医療機関を受診しないケースも多いため、実際の有病率は報告されている数値よりも高い可能性がある。

この「見えにくい」という特性が、男性の産後うつをより深刻な問題にしていると言えるだろう。

1.3. 原因とリスク

男性の産後うつは、単一の原因で発症するものではなく、生物学的、心理社会的、そして社会文化的要因が複雑に絡み合って生じる多因子性の問題である。

① 生物学的要因:ホルモンの変化と遺伝的素因

女性の産後うつが、出産に伴う急激なホルモン(エストロゲンやプロゲステロンなど)の変動と強く関連しているのに対し、男性においても出産前後にホルモンレベルの変化が報告されている。特に、テストステロンの低下とバソプレシン、プロラクチン、コルチゾールといったホルモンの変化が、男性の産後うつと関連している可能性が指摘されている(Gordon et al., 2015; Storey et al., 2000)。しかし、これらのホルモン変化が抑うつ症状にどのように影響を及ぼすのか、そのメカニズムはまだ十分に解明されていない。

また、うつ病の家族歴や個人のうつ病既往歴など、遺伝的素因や精神疾患の脆弱性もリスク要因として挙げられる(Paulson & Bazemore, 2005)。

② 心理社会的要因:パートナーの産後うつ、育児ストレス、経済的負担

男性の産後うつの最も強いリスク因子の一つとして、パートナーである母親の産後うつが挙げられる。母親が産後うつである場合、父親が産後うつになるリスクは50%にまで上昇すると言われている(Paulson & Bazemore, 2005; Quevedo et al., 2012)。これは、パートナーの精神的な不調が男性のストレスを増大させ、また夫婦間のコミュニケーションやサポート体制に影響を与えるためと考えられる。母親が産後うつである場合、父親は育児や家事の負担が大きく増加するだけでなく、パートナーの精神的なケアにも力を注ぐ必要があり、心身ともに疲弊しやすい状況に置かれる。

その他、以下のような心理社会的要因がリスクとして指摘されている。

  • 育児ストレスと睡眠不足:
    新生児との生活は、予測不能な授乳や夜泣き、おむつ替えなどで、親の睡眠時間を大幅に奪う。特に夜間の授乳やあやしを担当することで、男性も深刻な睡眠不足に陥りやすい。育児の孤立感や、育児スキルへの自信のなさもストレスとなる(Matsumoto et al., 2012)。

  • 夫婦関係の変化とコミュニケーション不足:
    子どもが生まれると、夫婦間の関係は恋人同士から「親」としての関係へと変化する。育児に追われ、夫婦間の対話の時間が減少したり、性的関係が停滞したりすることもストレスの原因となる。パートナーとの関係性の悪化は、男性の産後うつの強力なリスク因子である(Quevedo et al., 2012)。

  • 経済的負担と仕事のプレッシャー:
    新しい家族が増えることで、家計への経済的負担は増加する。男性は一家の稼ぎ手としてのプレッシャーを強く感じやすく、仕事における責任感と育児への参加意欲との間で板挟みになることがある。

  • 社会的サポートの不足:
    周囲からの支援(親族、友人、地域社会)が不足している場合、ストレスを抱え込みやすくなる。特に、男性は女性に比べて育児に関する悩みを打ち明けにくい傾向がある(Kimura et al., 2018)。

  • 出産に関するトラウマ:
    妻の出産時に、分娩が難航したり、予期せぬ医療処置が行われたりした場合、男性も心理的なトラウマを抱えることがある。

③ 社会文化的要因:性役割規範と育児休業取得率

日本特有の社会文化的要因も、男性の産後うつに影響を与えていると考えられる。

  • 「男は仕事、女は家庭」という根強い性役割規範:
    依然として日本社会には「男性は外で稼ぎ、女性は家で育児をするもの」という性役割規範が根強く残っている。これにより、男性は育児参加に積極的であろうとしても、職場や社会からの理解が得られにくい、あるいは育児に時間を割くことに罪悪感を覚えるといった葛藤を抱えやすい。

  • 男性の育児休業取得率の低さ:
    日本政府は男性の育児休業取得促進に力を入れているものの、2023年度の男性の育児休業取得率は17.13%と過去最高を更新したとはいえ、女性の85.7%と比較すると依然として低い水準にある(厚生労働省, 2024)。育児休業を取得しない、あるいは短期間しか取得できない男性は、新生児との関わりが物理的に少なくなり、育児スキルの習得が遅れることで、育児への自信喪失や孤立感を深めるリスクがある。また、育児休業を取得しないことで、パートナーである女性の育児負担が相対的に増加し、それが女性の産後うつのリスクを高め、結果的に男性の精神的負担にも繋がるという悪循環も考えられる。

  • 父親支援の少なさ:
    母親向けの産前産後ケアは行政や医療機関で提供されつつあるが、父親に特化した支援はまだ十分ではない。父親学級や両親学級は存在するものの、参加率はまだ低く、男性が育児の悩みやストレスを相談できる場が不足している。

これらの要因が複合的に作用し、男性が産後うつを発症するリスクを高めていると言える。

2. 症状:見過ごされやすいサイン

男性の産後うつの症状は、女性の産後うつと類似している部分も多いが、男性特有の現れ方をする場合もあるため注意が必要である。

2.1. 典型的な抑うつ症状

一般的なうつ病と同様に、以下のような症状が見られる。

  • 気分の落ち込み、悲哀感: 以前は楽しめたことへの興味を失い、無気力になる。

  • イライラ、怒りやすさ: 些細なことで感情的になり、パートナーや子どもに当たり散らしてしまう。これは女性の産後うつに比べて男性に顕著な特徴とされることがある。

  • 疲労感、倦怠感: 十分な休息をとっても疲れが取れない。

  • 睡眠障害: 不眠(寝つきが悪い、夜中に何度も目が覚める)や、過眠(寝ても寝足りない)が見られる。

  • 食欲の変化: 食欲不振や過食。

  • 集中力、決断力の低下: 仕事や家事の効率が落ちる。

  • 自責感、無価値感: 「自分は父親失格だ」「何もできていない」といった思いに囚われる。

2.2. 男性に特有の現れ方と見過ごされやすさ

男性の産後うつは、女性と比較して非典型的な症状や行動として現れることがあるため、周囲や本人ですらその異変に気づきにくい場合がある。

  • 身体症状の訴え:
    精神的な不調を、頭痛、胃痛、肩こりなどの身体症状として訴えることが多い。「心が疲れている」というよりも「体がだるい」「眠れない」といった形で表現されるため、見過ごされやすい。

  • リスク行動の増加:
    飲酒量の増加、ギャンブル、仕事への過度な没頭、危険な運転など、問題行動として現れることがある。これらはストレス対処の一環として行われる場合があるが、うつ病のサインであることに気づかれにくい。

  • パートナーや子どもとの距離:
    育児への関心が薄れ、子どもとのスキンシップを避けるようになる。夫婦間の会話が減り、パートナーとの関係が疎遠になることもある。これは「父親としての責任感のなさ」と誤解されることがあるが、実際には抑うつ症状の現れである可能性がある。

  • 「男らしさ」からの脱却困難:
    「一家の大黒柱として弱音を吐けない」「男は泣いてはいけない」といった社会的規範に縛られ、自分の感情を抑制する傾向が強い。これにより、他者に助けを求めることができず、孤立を深めてしまう。

これらの症状が2週間以上続き、日常生活に支障をきたしている場合は、専門機関への相談が必要である。しかし、多くの男性は自身の変化を「一時的な疲れ」や「気合が足りない」と捉えがちであり、医療機関への受診をためらう傾向が強い(Matsumoto et al., 2012; Kimura et al., 2018)。この点が、男性の産後うつの問題をより複雑にし、診断と支援を困難にしている最大の要因と言える。

3. 子どもや家族への影響

男性の産後うつは、本人だけでなく、パートナーである母親、そして何よりも新生児や年長の子どもたちにも影響を与える可能性がある。

3.1. 母親への影響

父親が産後うつを患っている場合、母親の精神的負担は増大する。父親が育児や家事に非協力的になったり、イライラして感情的に不安定になったりすることで、母親は孤立感や育児ストレスを一層強く感じることになる。これは、母親自身の産後うつ発症リスクを高めるだけでなく、すでに産後うつを患っている母親の症状を悪化させる要因にもなり得る(Paulson & Bazemore, 2005)。

夫婦間のサポート体制が機能しなくなることで、育児が立ち行かなくなり、家族全体のウェルビーイングが損なわれる。

3.2. 子どもへの影響

父親の精神状態は、子どもの発達に直接的・間接的に影響を与えることが複数の研究で示されている。

  • 乳幼児の発達への影響:
    産後うつ状態の父親は、乳幼児との関わりが少なくなりがちである。アイコンタクトが減少したり、笑顔が少なくなったり、抱っこなどの身体的接触が減ったりすることで、乳幼児の情緒的・認知的発達に遅れが生じるリスクがある(Ramchandani et al., 2008)。父親との安定した愛着形成が阻害される可能性も指摘されている。

  • 子どもの行動問題:
    父親の産後うつは、子どもの後の人生における行動問題(例えば、多動性、攻撃性、反抗行動)や、情緒的な問題(不安、抑うつ)のリスクを高めることが報告されている(Ramchandani et al., 2008; Quevedo et al., 2012)。これは、父親のネガティブな感情が子どもに伝播したり、家庭内のストレスレベルが上昇したりすることによって生じると考えられる。

  • 学業成績への影響:
    長期的な視点で見ると、父親の抑うつは子どもの学業成績にも悪影響を及ぼす可能性がある(Ramchandani et al., 2008)。家庭内の安定が損なわれ、学習環境が整わないことが要因として考えられる。

3.3. 家族全体の機能不全

父親の産後うつは、家族全体の機能不全に繋がりかねない。夫婦間の葛藤が増え、家庭内の雰囲気が悪化することで、家族全員が精神的な負担を抱えることになる。ひいては、子どもの虐待リスクを高める可能性も否定できない(Paulson & Bazemore, 2005)。

このように、男性の産後うつは個人に留まらず、家族全体に負の連鎖をもたらす深刻な問題であり、早期発見と介入の重要性が浮き彫りになる。

4. 支援の現状と課題

男性の産後うつに対する認識が徐々に高まりつつあるものの、日本における支援体制はまだ十分とは言えない。母親に比べて男性へのアプローチは遅れており、多くの課題を抱えている。

4.1. 医療機関の取り組み

現在、日本の多くの医療機関(産婦人科、小児科、精神科など)では、主に母親の産後うつスクリーニングが実施されている。エジンバラ産後うつ病尺度(EPDS)などが広く用いられているが、これを父親に対して定期的に実施している医療機関はまだ少ないのが現状である(Matsumoto et al., 2012; Kimura et al., 2018)。

  • スクリーニングの不足:
    父親に対する定期的なスクリーニングが定着していないため、症状が見過ごされやすい。

  • 受診への抵抗感:
    男性は精神科への受診に強い抵抗を感じる傾向がある。「男は弱音を吐くな」「精神科は敷居が高い」といった意識が根強く、自ら助けを求めることが難しい。

  • 専門家の不足:
    父親の精神健康に特化した専門家や、男性特有の悩みを聞き取れるカウンセラーなどが不足している。

  • 情報提供の不足:
    医療機関から父親に対して、産後の精神状態に関する情報や、相談窓口に関する情報が十分に提供されていない。

4.2. 行政・地域における取り組み

地方自治体では、母親と乳幼児を対象とした保健師による訪問指導や、両親学級、子育て支援センターなどが実施されている。これらの場を通じて、男性の育児参加を促したり、育児の悩みを共有する機会を提供したりする試みは行われている。

  • 父親に特化した支援の不足:
    両親学級などは存在するものの、多くは母親中心の内容であったり、男性が参加しにくい雰囲気であったりすることがある。父親のみを対象としたワークショップや相談会はまだ限定的である。

  • アウトリーチの難しさ:
    育児ストレスを抱える男性が、自ら地域の支援サービスにアクセスすることは難しい場合が多い。行政からの積極的な情報発信や、アウトリーチ型の支援が求められる。

  • 既存サービスへの繋がりの弱さ:
    例えば、子ども家庭支援センターや保健センターといった既存のサービスが、男性の産後うつの発見・支援に十分に機能しているとは言えない。母親経由での情報把握に留まりがちである。

4.3. 職場おける取り組み

男性が多くの時間を過ごす職場も、重要な支援の場となり得る。育児休業制度の整備や、男性の育児参加を促進する企業文化の醸成は進みつつあるが、精神的なサポートはまだ手薄である。

  • 育児休業取得へのプレッシャー:
    育児休業制度があっても、職場の雰囲気や昇進への影響を懸念し、男性が取得をためらうケースは依然として多い。

  • ハラスメント対策:
    育児休業取得を希望する男性への「パタニティハラスメント」の事例も報告されており、企業文化の変革が不可欠である。

  • 産業保健体制の限界:
    産業医や産業カウンセラーが常駐している企業は限られており、男性従業員の精神状態にまで目が行き届かない場合が多い。

5. 今後の課題と提案

日本における男性の産後うつへの効果的な支援を確立するためには、多岐にわたる課題を克服し、社会全体で男性を支えるシステムを構築する必要がある。

5.1. 社会からの認知

最も重要なのは、男性の産後うつが「誰にでも起こりうる」問題であるという社会全体の認識を向上させることである。メディアを通じて、男性の産後うつに関する正確な情報を提供し、偏見や誤解を解消する必要がある。男性自身が「弱音を吐いてもいい」「助けを求めてもいい」と感じられるような社会環境を醸成することが不可欠である。

5.2. 医療機関におけるスクリーニング
  • 父親へのEPDSスクリーニングの義務化:
    母親と同様に、父親に対しても産後定期的にEPDSなどのスクリーニングを実施することを標準化すべきである。産婦人科や小児科の定期健診の際に、夫婦で回答する機会を設けるなどの工夫も考えられる。

  • 受診ハードルの引き下げ:
    精神科以外の、より敷居の低い窓口(例えば、かかりつけ医、保健師、小児科医など)での一次スクリーニングと、適切な専門機関への紹介ルートを明確にする。オンライン診療の活用も有効である。

  • 男性に特化したカウンセリング・心理教育:
    男性が自身の感情やストレスについて話しやすい環境を提供するため、男性向けのカウンセリングや心理教育プログラムを開発し、普及させる。男性同士のピアサポートグループの形成も有効である。

5.3. 行政・地域における父親支援
  • 父親に特化した産前・産後ケアプログラムの拡充:
    父親学級の内容を見直し、育児スキルだけでなく、父親の精神健康、夫婦関係の構築、ストレスマネジメントなどに関する情報提供とディスカッションの機会を増やす。父親向けの「育児カフェ」や「父親サロン」といった、気軽に集まって情報交換できる場の設置も有効。

  • 保健師の役割強化:
    保健師が乳幼児健診や家庭訪問時に、母親だけでなく父親の精神状態にも目を向け、必要に応じて相談や専門機関への橋渡しができるよう、研修を強化する。

  • 地域子育て支援センター等での啓発と相談体制:
    地域の子育て支援センターで、男性の産後うつに関するパンフレットの設置や、男性スタッフによる相談対応などを進める。

5.4. 職域における男性の育児参加促進と精神的サポート
  • 男性育児休業の更なる促進と企業文化の変革:
    育児休業取得を「当たり前」とする企業文化を醸成するため、経営層のコミットメントと具体的な制度運用(例:休業中の業務分担の明確化、復帰後のキャリアパス支援)が必要である。男性の育児休業取得率を企業の評価指標に組み込むなどのインセンティブも検討すべきである。

  • 産業医・産業カウンセラーによる男性へのアプローチ:
    産業保健の場で、男性従業員のライフイベントに伴う精神的変化に意識を向け、必要に応じて面談や情報提供を行う。育児休業復帰者への面談義務化なども有効。

5.5. 臨床研究の推進

日本における男性の産後うつに関する大規模な疫学調査や、介入研究がさらに必要である。どのような支援が最も効果的であるか、日本人男性の特性を踏まえたエビデンスを蓄積していくことが、今後の政策立案や支援プログラム開発の基盤となる。

6. 最後に

日本における男性の産後うつは、これまで見過ごされがちであったが、その実態と影響の大きさは決して軽視できない。新生児を迎え、新たな人生の局面を迎える男性たちが、孤立することなく、心身ともに健康な状態で育児に参加できる社会の実現は、子どもたちの健全な発達を促し、夫婦関係をより強固なものにし、ひいては社会全体のウェルビーイングを高めることにつながる。

本稿で述べたように、男性の産後うつは単一の原因で発症するものではなく、生物学的、心理社会的、社会文化的要因が複雑に絡み合う多因子性の問題である。それゆえ、その支援もまた、医療、行政、職場、そして地域社会が一体となった多角的なアプローチが求められる。男性自身が自身の不調に気づき、弱音を吐ける文化を醸成するとともに、周囲がそのサインを見逃さず、適切な支援へと繋げられる体制を構築することが急務である。

「父親」という役割を担うことの喜びと重責を、男性が一人で抱え込むことのないよう、社会全体で支え、見守っていく意識の変革こそが、男性の産後うつ問題の解決に向けた第一歩となるだろう。


参考文献

  • American Psychiatric Association. (2013). Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders (5th ed.). Arlington, VA: American Psychiatric Publishing.

  • Gordon, K. A., Leff, M., & Stroud, L. R. (2015). Paternal perinatal depression: An integrative review. Journal of Perinatal & Neonatal Nursing, 29(1), 22-31.

  • 厚生労働省. (2018). 平成30年度厚生労働科学研究費補助金 成育疾患克服等次世代育成研究事業 「妊産婦及び乳幼児のメンタルヘルスに関する研究」報告書.

  • 厚生労働省. (2024). 令和5年度 雇用均等基本調査.

  • Kimura, T., Masuda, T., Fujisawa, Y., & Maruyama, K. (2018). Factors associated with paternal postnatal depression in Japan: A cross-sectional study. Journal of Affective Disorders, 227, 775-780.

  • Matsumoto, M., Maruyama, K., Odo, Y., & Nakahara, K. (2012). Paternal depression in Japan: Prevalence, associated factors, and effects on child development. Journal of Psychosomatic Obstetrics & Gynecology, 33(2), 79-85.

  • Paulson, J. F., & Bazemore, S. D. (2005). Parental depression in fathers of young children: A systematic review. JAMA, 293(11), 1334-1341.

  • Quevedo, L. A., Silva, R. A., Santos, N., & Pinheiro, R. T. (2012). Paternal depression and child mental health: A systematic review. Social Psychiatry and Psychiatric Epidemiology, 47(1), 1-13.

  • Ramchandani, P. G., Stein, A., Evans, J., & O'Connor, T. G. (2008). Paternal depression in the postnatal period and child development: A prospective cohort study. The Lancet, 372(9642), 478-483.

  • Storey, A. E., Walsh, C. J., Quinton, R. J., & Wynne-Edwards, K. E. (2000). Hormonal correlates of paternal responsiveness in new and expectant fathers. Evolution and Human Behavior, 21(2), 79-95.


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1. 男性の産後うつに特徴的な症状や、その見過ごされやすさに関する本文の説明として、最も適切なものを選んでください。
2. 男性の産後うつが家族に与える影響と、現在の日本における支援体制の課題に関する本文の説明として、本文の内容に照らして最も適切なものを選んでください。
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山川
2025/7/17
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